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7.26~7.27 社内旅行で土佐町にある「さめうら荘」に行きました。
早明浦ダム湖を見下ろせる眺めの良い宿で、 前回2009年に続き2度目の利用です。 到着すると直ちに豪華大盛り「さめうらランチ エネルギー充填完了後は隣接の体育館で社内対抗 バレーボール大会!4チームに分かれての総当たり戦は、 老兵チームの優勝という番狂わせもあり大変盛り上がりました。 スポーツ後のぼろぼろになった体をさめうら荘自慢の 「ミルキー風呂 ここから社長も合流(乱入 料理は鮎の塩焼きをメインにした田舎料理と土佐牛のステーキ、 脂身の少ない肉質はとスッキリとした酔鯨のお酒に BESTマッチングでした!! お腹が満たされると、若者たちは社長を囲んで酔鯨の将来を 語り合い、一方年寄り?達はカラオケ 楽しいひと時を過ごしました。 宴会が終ると、若者たちは自主的に2次会へ、 盛り上がりすぎて夜明け近く就寝 無謀な彼らの朝食はお察しの通りです。 というわけで老いも若きも熱い真夏に大騒ぎ アクティブでとっても楽しい社内旅行でした。 PR |
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先日7月24日(水)、25日(木)と「呑み切り」を行いました。
「呑み切り」とは、タンクや瓶で熟成しているお酒の品質チェックのことです。 例年、夏場のこの時期に行い、タンクごと、瓶貯酒ごとに酒を利いて熟度や酒質を評価します。今年は全部でタンク、商品合わせて84本の酒をチェックしました。 梅雨明けが早く、連日の猛暑でお酒の劣化を心配される方も多いかと思いますが、フレッシュローテーション、低温管理に万全を期す酔鯨ではいつもどおりいい状態で熟成してきています。 8月に発売予定の「吟麗秋あがり」など季節限定で熟成を楽しめる商品も順調に仕上がっていました。 |
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今回はお酒造りの工程のお話しからは少し離れて、「酔鯨の歴史と土居杜氏」と題しまして弊社の誕生から今日までを、またその発展を支えてきました土居杜氏についてご紹介したいと思います。弊社の誕生は昭和44年、前身の石野酒造を引き継ぎ高知市長浜の地に誕生しました。誕生からわずか44年、長い歴史を持つ蔵元が多いなかではまだまだ新米の酒蔵です。 さて、酔鯨酒造へ生まれ変わって以降、親会社の旭食品の販売力にも助けられ、販路を高知県内さらには四国内へと広げていきました。桶売り中心から「酔鯨」ブランドの売り込みへ頑張っていましたが、昭和50年代に入ると清酒の消費量は頭打ちとなり、普通酒を中心とした販売では限界が見えてきました。弊社も将来が見えない厳しい時代でした。そんな中、地方蔵の吟醸酒への注目が集まり始め、弊社も普通酒を中心とした造りから吟醸酒造りへと切り替えていきました。この時大きく助けて頂いたのが東京の酒販店さんや地酒卸しさんでした。名も無き地方の酒蔵を東京の市場に引き出して頂いたことが今も酔鯨ブランドの基礎となっています。
土居杜氏はちょうどその頃、昭和60年より杜氏として酔鯨の造りに関わりました。以来、今日まで27年間杜氏として頑張っています。土居杜氏の出身地は広島杜氏の発祥の地でもある広島県安芸津町です。18歳から酒造りに入り、夏は農家をしながら、冬は酒造りの修行と経験を積んできました。46歳で初めて杜氏となり弊蔵に入りました。蔵に入った当初は、勝手が分からない新しい環境で、当時ようやく広がり始めた吟醸造りを行なうという難題に取り組みます。困難な状況で、全く新しい試みに取り組んだ杜氏の心意気には頭が下がる思いです。
基本は異なる酒質であっても、杜氏の技術と高知のお酒が出会うことで「酔鯨」の吟醸酒が生まれました。広島のお酒の特徴である「しっかりとした旨み」と高知のお酒の特徴である「キレの良い辛口」。このふたつを上手く生かして「旨みもありながら、キレの良いあと味」という酔鯨の吟醸酒の基本が出来上がりました。 さて、杜氏のお話に戻りまして。杜氏も今年で73歳となり、一年一年が勝負の年となってきました。蔵では数年前より、酔鯨の造りを伝承していく為に、杜氏の技術を学び、発展させてきました。杜氏と同じことをするのではなく、杜氏が作ってきた味を基本とし、それをさらに磨いていくことが目標です。すぐに出来ることではないですが、しっかりと技術力を高めてきました。今までの経験をどのようにお酒造りにいかしていくのか、これからも酔鯨の挑戦は続きます。 次回はお酒造りの工程に戻りまして「もろみ管理」のお話を予定しています。 |

